教育の本質

易は、さまざまな学問の真髄が

シンプルに描かれています。


今日の易の言葉は、

「我より童蒙に求むるにあらず、童蒙より我に求む」

(われよりどうもうのもとむるにあらず、どうもうよりわれにもとむ)


童蒙(どうもう)とは、物事がよくわかっていない幼い人

つまり、今から教育を受ける人たちのこと。

我は、お師匠さんですね。


ものを学ぶときの礼儀として、学ぶ側は師を敬い、

自ら進み出て教えを請うっていうのが、礼を重んじる儒教的な見方ですが、

もう少し、深く実践的にみていくと、


教育の場面では、

前提として教えを受ける側の

「知りたい」という思いがあります。

欲しい教えを授かると、感性がビビっと響いて、

白い布に色が染まっていくように、教えがす~っと浸透します。


蒙昧な童子が、生まれながらに持っている

知識に対する前向きな感性によって、

教育の場面は支えられます。


・・・教える側は、そんなに偉いわけでもないんですネ。


だから、教育の基本的な形は

「童蒙より我に求む」

な訳です。


古代ギリシャから伝わる西洋の教育学にも

子どもが生まれながらにして持っている

知識への感性は

大切にされ続けています。


蒙 彖辞からでした!

(易経 上 高田真治・後藤基巳 訳 岩波書店)