象徴とすること

出会いと別れ。

 


永遠のテーマです。
出会いにも別れにも意味があります。

 


恋人や友達が支配的だったり、暴力的だったり
不健全な人間関係を繰り返してしまう方からのご相談が多くあります。
(つまり、巻き込みとかDVとかストーカーとかってことです。)


あなたの心の奥底は、そんな相手が持つある“要素”を求めていて
また似たようなお相手を見つけちゃうんですね。
無意識のパワーってすごいんです。

 

 

それが出会いのメカニズム。

 


占い的には、「あなた、そういう運命出てるから」って
片付けられてしまうのですが、
いやいや、自ら不幸を背負って生きることは
ありません!!


人は子ども時代に心理的に飢えを感じた部分があると

それを補う相手を求めてしまうことが多くあります。
たとえば親を頼りにせず、一人でがんばってきた子は、
親のように指針を示してくれて、傘になってくれる人を求めたりしがちです。

 


・・・それでいいんです!

 


だから占い的には「そういう運命」

 


でも、ここからが大事!!!
問題は、その人が信頼に値するかどうかです。

 


ときどき、いやしばしば、自己愛を満足させるためのみ、
あなたのような方を利用する人が居たりします。

 


そういう方の見分け方ですが、
あたかもあなただけを見つめているようなことを言いますが、
あなたの一部分のみを認め、自分の色に染めようとします。


あなたの無意識にあるあたたかい支配を求める心と、
自我にある現実的な心が葛藤します。

 


ちょっと息苦しいけど、なんだか幸せ
だったり、
ちょっと怪しげだけど、自分も成功できるかもしれない!
だったり、

 


こういう方は、やり方が巧妙です。
あなたの自我もコントロールしようとして、
現実的な利益をちらつかせます。

 



社会的評価、社会的地位、報酬、結婚、仕事・・・

 



心が寂しいところに持ってきて、現実的な弱みに付け込みます。

 


合理化が始まります。
周囲は反対したりしますが、あなたの中には正当化が始まっています。
これでいいのだ!

だってもう寂しくないんだもーん。欲しいものだって手に入るんだもーん。


ついに、心は無意識も意識も支配され、洗脳されます。
あとに待つものは、評価でも地位でも報酬でもなく、
搾取、疲労、損失、社会的信用の失墜、孤独。。


はぁはぁ。。苦しいぜぃ・・・。


なんで?どして?と悔し涙を流しますが、
支配に対する思慕の念はぬぐえません。
身も心もぼろぼろになったあなたは

現実を見つめる力もなく、聴く耳も塞いで、
無意識の要求に従い、目の前の悪人を肯定してしまいます。

 

 

腐れ縁のメカニズム。


犯罪に手を染めてしまったり、自殺してしまったりといった
悲しい出来事の背後にはこんな心理的葛藤が隠れていたりします。


途中ではっと気が付き、別れを決意したあなたはとてもエライ!
でも、お別れするのは至難の業です。
まず、あなたの心があたたかい支配者を求めている心を認め、
その対象を象徴化しましょう。


亡くなったご両親でもいいし、仏神でもいいし、
いわしの頭でもいい。(冗談です。)
芸術や哲学、道と呼ばれるもの、
それらは古来よりこんなときの援助となってきたと思うのです。

みんな強くがんばろう。